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派遣バイト体験記

2020年3月16日

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派遣バイト体験記

2020年3月16日

みなさんこんにちは。文系大学生のディーゴです。

今日のブログは僕が大学に入学して間もないころにしていた派遣アルバイトについて紹介したいと思います。

派遣バイトとは?

簡単に言うと単発で行うアルバイトのことです。派遣会社に登録することで求人募集に応募できるようになります。

種類はいろいろなものがあり、力仕事であったり、イベントの運営であったり、工場での単純作業であったりと様々です。

僕は部活にかかる初期費用を稼ぐために派遣バイトを始めました。

引っ越しやイベント運営、設営、工場でのお惣菜づくりなど様々な職種を経験しました。

その経験をもとにどんなアルバイトだったのかを順を追って説明していこうと思います

①引っ越しバイト

引っ越しアルバイトは肉体的にも精神的にもとてもつらかったのを覚えています。

派遣アルバイト初心者の僕はほかの求人よりも時給が百円多いという理由だけでほかの条件をあまり見ずに応募してしまいました。

引っ越しバイト前日、案内のメールが僕のスマートフォンに届き、そのメールを見て僕は絶望しました。

なんと、そのメールには勤務地に岸〇田と書いてあったのです。(岸〇田とは大阪に住む人なら聞くだけで膝が震えてしまうガラの悪い地域です。)

僕は恐怖で足をすくませながら当日朝七時、岸〇田に降り立ちました。

引越センターで受付を済ませると僕と同じ派遣らしき人が数人といかにも昔やんちゃしてましたという社員が10人ほどいました。

ここから班分けが始まります。男の社員二人と女の社員一人と僕という地獄の班が出来上がりました。

男の社員は一人が30代後半で中学時代クラスメートだったヤンキーをそのまま大人にしたような風貌、もう一人は一年目で頭はよくないけど心優しい青年という感じでした。そして、女社員がまるで女番長という風貌でした。

引っ越し元の家に行くために僕たちはトラックに乗り込みます。僕は女番長のトラックに乗り、引っ越し先まで二人の時間が生まれます。僕は恐怖で女番長とどんな話をしたかは記憶がありません。おそらく、僕の発した言葉の中心は「すみません」だったことでしょう。恐怖の時間を乗り越えた僕は引っ越し元の家に到着しました

ここからは皆さんが想像する、引っ越し業務です。家の中のものをすべて、トラックに積み引っ越し先へもっていきます。この引っ越し業務中も何をすればいいかわからない僕は社員に質問しに行きます。そうすると、心優しい青年以外は「忙しいねんから、自分で考えろ」と怒ってきます。僕を引っ越しの申し子か何かと勘違いしていたのでしょう。そうじゃないと、発言の意味が分かりません。

こんな感じで一つ目の引っ越しが終わりました。恐怖でびくびくしながらも僕はしっかりと業務をやり遂げました。

そして二つ目の引っ越しをしに行きます。ここで僕は驚愕の事実を耳にするのです。三十代ヤンキーが言いました「靴下履き替えとけよ」と。しかし、靴下を履き替えることを知らされていない僕は当然替えの靴下など持ってきていません。そのことを告げると三十代ヤンキーの逆鱗に触れたのか、今まで経験したことがない声量でどなられました。この恐怖を超える出来事に僕はいまだ出会えていません。そして、よりびくびくしながら二つ目の引っ越し業務をしました。

この後、社員さんはもう一軒引っ越しがあるらしく、僕は迎えの車で引越センターに戻り、給料を受け取って逃げるように引越センターを去りました。

僕はこれ以降引っ越しの派遣バイトには手を出していません。

②イベント運営

このバイトは某プリキ〇アという子供に人気のアニメのイベント運営でした。

朝から晩までイベント内のブースで接客をするという内容でした。比較的楽しく、同年代の男女でワイワイとした職場だったことを覚えています。

接客相手は基本的に子供でかわいらしく、とても楽しんで働けていました。

しかし、時折存在するオタクという人種には頭を悩ませられました。

この仕事を通じてわかったことは良いオタクと悪いオタクが存在することです。良いオタクは周りに配慮があり常識があります。しかし、悪いオタクは子供をまるで邪魔者扱いし、自分中心で常識がありません。

とはいっても、派遣バイトの中では一番楽しかった良バイトでした。

③イベント設営

このバイトは京セラドームで行われたペットのイベントの設営でした。

合計二回このバイトには参加しましたが業務内容が異なったのでそれぞれ紹介します。

一日目は柵や水槽などの備品を運ぶ仕事でした。体力的にもそれほどしんどくなく。派遣の人と仲良くしゃべりながら業務をこなしていました。

京セラドームのベンチには入れたり、グラウンドからスタンドを見れたりと貴重な経験ができ楽しかったのを覚えています。

しかし、二日目は打って変わって地獄のような派遣バイトでした。この地獄は先ほど述べた引っ越しのような地獄ではなく、ただ「暇」という地獄でした。

業務内容は簡単に言うとホームベースを守るバイトです。京セラドームはご存じの通り野球場です。なのでベース周りには整備された土があります。この土の上をトラックなどの車両が通らないように見張っておくというバイトでした。

これだけでは、このバイトの恐ろしさは分からないと思います。しかし状況を知れば僕がどれだけ日まで無意味なことをしていたかが理解いただけると思います。

この日は設営も終盤に差し掛かり京セラドーム内はいろいろな備品で埋め尽くされていました。トラックが入ってくるのは外野席のほうからでホームベース側から入ってくることはありません。

何を言いたいかというと、ほとんど設営は完成しているのでトラックの入り口からホームベースに来ることは道がないため不可能なのです。

すなわち僕は、絶対に来ることのないトラックを入らないようにするという意味の分からないバイトを時間したことになります。

現場を見た瞬間無意味なことに気づきその後、地獄の八時間を過ごした僕は一生イベント設営の派遣バイトをしないことを決心しました。

④工場でのお惣菜づくり

このバイトはスーパーなどで売っているお惣菜をパックに詰めるというバイトでした。

このバイトでは僕の無能具合とサービス精神が明らかになることになり、大変迷惑をかけた記憶があります。

向上に到着し僕たち派遣バイトは衛生管理のマニュアル動画を見ました。そして工場長の簡単な説明を受け、消毒を完璧にした状態で工場内に案内されました。

僕に与えられた最初の任務は一定のリズムで流れてくるパックにポテトサラダを乗せるというものでした。工場長が言っていたように僕は食べる人が喜ぶ顔を思い浮かべながら作業に従事していました。すべてはお客様に喜んでもらうためです。

昼食休憩をはさみ、次に僕に与えられた任務は袋にナポリタンを詰めていくという作業でした。午前中はうまくいっていたのですがこのナポリタンの作業で僕の有り余るサービス精神が悪い方向で出てしまいます。

午前中同様、お客様の喜んだ顔を思い浮かべながらナポリタンを袋に詰めていた僕は、あることを思いつきます。それは「お客様を喜ばせるためには量が多いほうがいいのではないのか」ということでした。

誤差はないようにと伝えられていたのですが、僕はすべてのナポリタンを気持ち多めに入れて量が多い分には微調整せずに作業を進めていきました。

業務も終盤に差し掛かり、ここで問題が起きます。バイトリーダーのおばさんがナポリタンの異常に気付きました。

僕は自分の考えを伝え説得しようとしましたが、力及ばず、すべてのナポリタンがやり直しとなりました。ここにクレイジーディーゴの誕生です。

周りの僕を見る目は人殺しを見る目と同じで早くこの場から立ち去りたいという感情が心を支配します。

幸い行動には移さず、残りの時間を全力で業務にそそぐことで許してもらおうとしました。

業務がすべて終わり、工場長に謝罪して僕の工場バイトは終了しました。

この工場には申し訳なさしかなく、これを機に数字に厳しくいくことを意識するようになりました。

最後に

皆さんいかがでしたでしょうか。完全に僕の経験談になってしまいましたが派遣アルバイトの実体を伝えられたのではないかと思います。

この世の中には様々な仕事があり、それぞれにつらさや楽しさがあることを派遣バイトを通して僕は学びました。

急にお金が必要になった場合や、暇な時間をバイトに充てたいといった人は派遣バイトおすすめです。

まずは皆さん派遣会社に登録してみましょう。

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